道31

2022/5/5

「ただいま」

 

「おかえりなさい」

 

「なんだ?」

 

「なんでもないです」

 

「そっか」

 

この繰り返し。

 

せめて『どうした?』とかって聞いてくれたら、「実は~」的に話せるのかもしれない。

なんども頭の中ではやりとりを想像してみるのに、いざとなると、何も言えない。

 

推しは、全力で推す。って話になって、私の推しは、直紀さんだし。

だったら、自分がやりたい目標とか、伝えたり、どこが好きかってちゃんと伝えたり。

っていうか、一番言いたいのは、

『舞台観に行きたいからチケットを私の分用意してほしい』ってことなんだけど

お願いしても、無理って言われる可能性あるし、舞台に立つお稽古で忙しい直紀さんにそんなこと頼んでいいのかも

分からない。

 

前回黙って当日券並んだ強硬策に出たときにはものすごい怒られたし、チケットは1日は取れたものの、それ以上

一般販売では手に入らなかったからまずはお願いしないといけないのだけど、

だけど、なかなか頼みづらい。

 

吉沢さんにも美穂さんにも相談したけど、二人には同じ事言われた。

「まず、直紀に頼んで、ダメだったら相談にのるから」って。

 

はあ。

 

人にお願いするのはとても苦手。

 

相手が断るかもしれないし、そうなったときに気まずいと感じてしまう。

そのことで困ったりするかもしれないと思うと、自分で解決したくなる。

気にしすぎなんだと思うけれど、これは私の性分でついつい、ネガティブ妄想になってしまう。

 

今日こそは。でも、言おう。

言わなきゃ

 

「あの、直紀さん?」

 

「ん?」

 

「今度の舞台見に行きたいから券を取ってほしいです」

 

言った。言えた!!

 

「今度のか」

 

あ。だめかな?

 

「彩花の分だけでいいのか?」

 

「はい」

 

「日にちが選べるか分からないけど、ちょっと確認してみる」

 

「いつでもいいです。席もどこでもいいです」

 

「明日、確認して連絡する」

 

「ありがとうございます」

 

言えた。心臓がバクバクしているのは、ダメって即答されたらどうしようと悲観的になっていたから。

 

「見たいのならもっと早く言ってくれたら席も選べたかもしれないんだけど、まあちょっと待ってろ」

 

「はい」

 

ああ。そうだったのか。早く言えばよかった。前方で見たい。

どこでもいいですって言ったものの、本当は、前の方の席がいい。

 

「それから、ここに来た頃から言ってあると思うが、自分が欲しいものは自分で意思表示しないと手に入らないぞ」

 

「周りに察してほしいとか、察してもらえないとか、そんなのコミュニケーションの放棄だからな」

 

うっすらと感じるお叱りモード。

 

「身に覚えあるんじゃないか?よく考えておくこと」

 

やはり、なんか叱られてる気がする。

 

素直に「はい」と言ったらお咎め無しだったけど。だから、嫌なんだよね。

直紀さんと話すと、気が付かないうちに『悪い子だね』という展開になることがあるから慎重になってしまう。

 

 

翌日、いくつか日にちの候補日と、席は前日でないと確定しないかもという簡単なラインが来た。

お財布と相談して、2日分欲しいとすぐに返信した。

 

 

このところ、何か言おうとしているのは感じていたが、言い出すまでだまっていたら、

吉沢からも、美穂からも、彩花が見たいと言ってくるかもしれないから、その時は声をかけてほしいと

昨日言われた訳だが、まったく世話がやける。

 

自分が手に入れたいものを、表明しないで、あれこれシミュレーションしてばかりいても

事は進まないとあれほど言い聞かせてきたのに。

席はどこでもいいだと?

関係者席でも、招待客用の前方を手に入れるか、それとも後方の見切れ席となるかは意思表示次第だな。

 

「ただいま」

 

「おかえりなさい」

 

「チケット、手配してくださって、ありがとうございます」

 

「ん」

 

「じゃあ手洗ってくるから、ちょっとそこに座って待ってて」

 

はー。幸せ。

 

「さて、3枚チケットがある」

 

え?2日分のはず。

 

「席がどこでもいいのなら、裏向きのまま、この2枚のうち1枚選んで」

 

え。

 

どこでもいいとは言ったけど、選べるのなら、選びたい。

 

「直紀さん、その、どこでもいいとは言ったんですけど、もし選んでもいいのなら、席みてチケット決めてもいいですか?」

 

「どうぞ。どちらも少し見切れるかもしれないけど」

 

といって、表にしてくれた。

 

そして、それは、1階C列と、2階席という差で・・・。

選んだのは当然C列。

 

「ありがとうございます!!」

 

「ほかに正直に言う事は?」

 

???

 

「ないです」

 

「美穂と吉沢から聞いた」

 

びくっ

 

「回りくどい」

 

「すみません」

 

「彩花目をみて返事」

 

「自分の希望はちゃんと表明しなさい」

 

「はい」

 

ちらっとお顔を見てみるが、視線がさまよう。無理。怖い。

 

「彩花は表現者なんだから、抑えこまず、伝える練習をすること」

 

「はい」

 

「あと、苦労することを避けて、簡単な方法を選ばないこと」

 

「はい」

 

耳が痛い。

 

「おいで」

 

膝、叩きましたよね? 

 

硬直

 

「お仕置きするから膝に乗りなさい」

 

膝ポンポンってしたのは見間違いじゃなかった・・・。

 

「でも」

 

「でも、公演控えてるし、手痛くなっちゃうのは申し訳ないし」

 

「その前に、言う事あるでしょ」

 

「ごめんなさいは?」

 

「ごめんなさい」

 

「おいで」

 

口が乾く感じがする。絞り出すように声を出して返事する。だって、お仕置きされたくない。

 

「はい」

 

もうだめだ。逃げられない。

 

最悪だ。軽めにしてほしい。でもこれは口にしたら、絶対に怒られる希望だから言えない。

 

「自分が何がしたいか、自分の意図して行動する!」

 

お説教しながら、お尻叩かれてて辛い。

 

「したいことを人に相談するのと、人任せにして察してもらおうとするのとでは大違いだからね」

 

「もう、痛い」

 

「返事は?」

 

パチン パチンと大きな音を立てながらお尻をたくさん叩かれてて、返事なんてしたくない。

だって、痛いんだもん。

 

痛いのたくさんするなんて意地悪だと思う。

 

「彩花?」

 

やだ。もう~。言いたくない。

 

「俺はかまわないけど」

 

そういってより痛くなった。パチーン バチーンと、とても一打、一打が痛い。

 

「あ。あ。痛い」

 

「ごめんなさい」

 

「でも、自分で言おうと思ったから、美穂さんと吉沢さんに相談したのに」

 

「でも?」

 

「悪い子だね。俺に言えないから、二人に何とかしてもらおうとして」

 

「だって、見に行きたいから頼んだのに」

 

「直紀さんに言うように二人ともいうんだよ」

 

「当然だ」

 

「できなかったんだもん。迷惑かけたくなかったんだもん」

 

「迷惑とか思ったことはないな」

 

「それに人がどうとらえるかは、彩花が想像した通りにはならないものだと思うよ」

 

「そうだけどー」

 

「そうだけどなに?」

 

パチンパチンパチンって、すごいどんどん叩かれてるのに、返事ななてできない。

 

「彩花は自分がしたいことかどうかで行動しなさい。そこからだ」

 

「それと、迷惑とか思ったらこんなに長い期間、ここに置いてない」

 

「あーん。痛い。痛い。痛い」

 

「直紀さんもう無理。ごめんなさい」

 

「頑張るから。許して」

 

「何を頑張るの?」

 

ふぇっ。もう許して

 

「直紀さんにちゃんとまず話するから」

 

「それから?」

 

「自分が欲しいものをちゃんと伝える」

 

「それから?」

 

「察してもらおうと期待しない」

 

「よし」

 

「じゃあ、軽めだけど終わり」

 

軽め?嘘でしょ。オニだ。

ヒリヒリしてるし、すごく痛いもん。

 

そそくさと膝から降りてお尻をさする。

 

「納得してない顔だな」

 

「ちがっ」

 

「ん?」

 

「そんなことないです。反省してます」

 

「そうだね。丁寧な言葉を使うのはいいことだ。お尻冷やしておきなさい」

 

ふー。解放された。

 

危なかった。

 

お仕置きされたことには、納得できないけど、でもそういう姿勢でいなさい。といわれたこと。

人に期待しないで自分が欲しいものをちゃんと伝えるっていうのは、

その通りだなって思ったし、そうしなきゃいけないと思った。

 

「直紀さん、お仕置きは嫌なのでやめてほしいという願いは、その、伝えてみたら叶うのかな」

 

「それは無理」

 

そんなあっさり。。。、

 

意地悪だ。もっと言い方ってあると思う。

 

ポンポンと頭撫でられた。ずるい

 

久しぶりに、撫でられてきゅんとした。嬉しすぎる。

 

「大切なお嬢さん預かってるんだ。心を鬼にして厳しくしてる」

 

 

ジェットコースター急降下。胃が別の意味でぎゅっとなった。