道16

 2015/04/29

 

『私らしさ』の中から、出せるものを最大の力を振り絞って見せて行きたい。

演出家が、思っても見ない注文をしてきたりするのは、私の引きだしをどんどん解放して行くチャンス。

 

だから、どんな難しい注文も、瞬間の集中力で反応して行く。

 

それが私のスタイルになりつつあった。

 

 

舞台は、皆で作りあげるもの。

その中で、私には私らしい軸での輝き方がある。それは、私の基準とプライドで微調整をかけながら、舞台での立ち位置を見つけて行く。

 

どんな厳しい事を言われても、その人に思いを伝えたい。だから、私のアイディアもぶつけて行く。

 

いつしか、お稽古が進むうちに、私のポジションが出きて来る。

ちやほやしてくれる人もいる。

笑顔で答えながらも、私の中には常に自分を律する声がある。

 

『怠けた態度をあの人に見せる自分はもういない。だから頑張る』

 

直紀さんの所に来てから、少しづつ、名前が売れて、

少しだけど、声をかけてもらい、役をもらえるようようになってきた。

 

そして、今、 

演者に私の名前の入った台本が手元にある。
舞台振り付け師の名前に直紀さんが入ってる台本。

 

 

いつも通りで

 

そう思うのに、上手くいかない。

 

いつも、レッスンの風景だって、あれほど長い時間見ているのだし、

ここで緊張する必要なんてまったくないはずなのに。

 

上手くいかず、イライラする自分。

こんなのプロとして恥ずかしい。

 

悔しくて、直紀さんに話しかける事もできない。今までだったら、他の演出家だったら、

率直に、分からない事、出来ない事を質問できたのに。

 

 

彩花が苦しんでるのは、そのヒリヒリとした雰囲気で分かっていた。

良いところを見せたいという気持ちが強すぎるのは、瞬時にわかったけれど、

自分でなんとかして、ここでもう一つ成長していけるかどうか、それを見てみたいと思ってた。

 

他の演者たちと同じように彩花にも接しているが、きっとそれが辛いのかもしれないな。

『どうした?』と声をかけてやって、甘やかすつもりはない。

彩花が自分で、ここで一歩踏み出して行動できるかどうか。

それは、黙って見守るしかない。

 

 

プロであるのであれば、自分から果敢に攻める事の大切さに気が付くはずだと信じて。

 

 

一緒に家に居るのは、こういう時はどうなんだろうな。

俺だったら、自分へのいら立ちがあって、プレッシャー感じたかもしれないな。

 

 

 

直紀さんにいつか踊りの演出してもらいたい。

ずっとそう思っていて、夢が叶ったというのに、良い所を全く見せられない。

意識して、かえって何をやってるのか、段々分からなくなって、周りを見ても、自分を見ても、

何をどうしたらいいのか分からない。

 

「むりーーー!!!」って叫んで、このまま舞台降りたら気が楽かな?

でもそんなことしたら、師匠に二度と顔を合わせられないのもわかってる。

黙って逃げ出すなんて、そんな事できるわけもない。私にだって意地がある。

 

悩みを聞いてもらいたくって、

直紀さんにはもちろん、一言断ってから、美穂さんと飲みにでかけた。

 

美穂さんは、ずっと、何かをアドバイスするでもなく、ただ、私の話を聞いてくれてた。

ずっと、ずーーーと。


「美穂さん、私頑張りたいのに、上手くできない。良い所見せたいのに」

 「朝の自宅でレッスン付けてくれる時だって、私もっと教えて欲しいのに」

 

何度も同じ事を繰り返す私に、美穂さんは同じ言葉を繰り返し伝えてくれた。

 

「直紀にちゃんと、教えて欲しい事があると話さないとね」

 

「でも、でも」 と、どんなに繰り返しても、美穂さんはそれだけしか言わなかった。

 

 

 

 

 

「もう帰る?」って心配してくれて何度か言われてたのは分かってるんだけど、

帰る気分じゃなかった。

明日は舞台のお稽古もお休み。

 

とっくに終電なんて終わった時間。

 

「直紀、彩花ちゃんをあまり、怒らないでね」

寝てしまった私を迎えに来てくれたのは、直紀さんだったらしい。

そんな気遣いを美穂さんがしてくれたのも知らず、

ぼーっとする頭で、美穂さんに昨日はすみませんと付き合ってもらったお礼の電話したら、
「直紀に叱られなかった?」とクスクス笑って

教えてくれたから、それで知ったのだ。

 

直紀さんは起きたらもう居なかったから、

昨日の事、怒っているのかどうかは分からない。

 

ガンガンする頭を少しでも緩和するべく、水をたっぷり飲む。

 

午前中は一切使いものにならず、

午後もぼーーーっとしてた。

 

 

 

カチっという音。

 

帰ってきた。

 

「おかえりなさい」

 

「ただいま」

 

怒ってないみたい。怒ってるけど、怒ってない風に装ってるのかな。

分からないや。

 

それでも、その日私は「ごめんなさい」が言えなかったし、「教えてください」も言えなかった。

 

 

他の人がぐいぐい、上達して、切れがある動きをしている中、私一人悶々としてる。

演技については、大丈夫。演出家とも意見を交わして、良いもの作ろうとしてる自分がいる。

 

あれ?

ハッとした。

美穂さんが、なぜ、『直紀と話さないとね』とだけ言い続けてくれたのか。

私は、直紀さんの演出にあまりに気負い過ぎていた。質問もしないで、アドバイスくれたらいいのにと

一人で甘えてた。一人で上達しようもがいてた。


「控室で話できますか」

真剣な目で彩花が言ってきた。

 

「いいよ」

 

「振りは頭に入っています。でも、感情を乗せた時に、どこを、どう動いたら、いいのか正直分からなくなっています。教えてください」

 

「彩花、ようやく言えたね」

 

「ずっと、彩花が言いだすのを待っていた」

 

ふえっ。泣きそう。奥歯を噛みしめて我慢する。

 

この人、すごい。

 

「いい所見せたくって、質問ができなかったんだよな」

 

ああ・・・。もう駄目。

 

「もっと、早く直紀さんに、ちゃんとお聞きするべきでした。話しをするべきでした」

 

「まだ、取り戻せる」

 

そういって、綺麗なあの手でポンと頭を撫でてくれた。

子供じゃないよ。

私。

 

でも、とても暖かい気持ちが沸いてきた。


演者として、ぐっとこみあげてきた感情が、それから直紀さんの厳しいレッスンのもとで開花した。

自分でもわかる。

 

動きたい。こう動こうが気持ちの中で沸いてくる楽しさ。

 

「今日の彩花ちゃん、いいね」

 

そう皆に言われて、顔もほころぶ。

解散となって、今日は直紀さんが居る家に帰る事が嬉しい。

 

 

「明日もお稽古があるから、あまり厳しくはしたく無いんだけど、今しておかないとな」

 

夕飯が終わって、身に覚えの無い展開。

 

「門限破ったお仕置きはしておかないと」

 

ひえっ。それは、見逃してくれてると思ってたのに。

 

「そ、それは、その」

 

「終電無くなっても帰って来ない程、遅くなって良いわけないよな?」

 

「美穂さんと飲みに行くってちゃんと伝えてから出かけたし」

 

「泥酔して、終電無くなっても帰ろうとしなかった、この展開が許される事なのかどうか、意見を聞こう」

 

・・・

 

醜態、全部みてるんだったよね。言い逃れしようなんて、駄目なの分かってるけどさ。

今日の上手く行ったダンスの高揚感と、すべてが回りだしたという高揚感にあふれるこの気分に水差さなくったっていいのに。

 

「苦しい時だから、何してもいいという事にはならないよ」

 

「苦しいから、人にイライラをぶつけたりしないのと同じだ」

 

わかってる。わかってるけど・・・。

そうしたい時だってあるのに。

 

「誰だって、もがいて苦しいと思う事はある。人から手を差し伸べられるのを待って甘え続けるのは簡単だし、そういう状態で居続けるのであれば、
ある程度以上の成長は難しい」

 

「でも、彩花は自分から行動した。それはとても大きな変化をもららすはずだよ」

 


敵わないや。

 

私が一人で空回りしてるの分かってたからこそ、私から言い出すのを待っていてくれてるんだ。

 

 

「ごめんなさい」

 

「何にごめんなさい?」

 

・・・

 

 

「あやか!」

 

ひえっ。ビリッとなる。

 

怒鳴るような大声でもないし、声のトーンは同じなんだけど、低音の響きが黄色から赤信号に変わる最後の瞬間だと知らせて来る。

 

「ごめんなさい」

「遅くなったし、自分だけが苦しいんだと思って甘えてた事も、周りに迷惑かけた事も、全部ごめんなさい」

 

「膝においで」

 

唇を思わず噛みしめる。

泣かずに終わりたい。我慢しなきゃと。

 

 

そうおもったけど、膝に乗ると、やっぱり怖い。怖くてつい言わなくていい事を言ってしまう。

「明日は、お稽古がある日なの・・・」(できればあまり叩かないで欲しい)

 

「あるから何?」

私の小さな願いはあっさりと退けられそうな気配と共に、なんという事でもないように、あっさりとスカートが捲りあげられ

パンツがぐいっと下ろされる。

 

最悪。

 

「稽古があるのは知ってるよ」

 

「どんな時でも、悪い事したらちゃんと叱る」

 

「直紀さん、わかってる。それは分かってるんだけど」

 

「『けど』という言葉は分かってないから使うんだろうね」

 

パチン パチン

 

や、まだ心構えが・・・。叩かれてビビる。

 

余計な事言っちゃった。

 

「ごめんなさい。ごめんなさい」

 

お尻痛くてお稽古出来なかったらどうしよう。って最初の頃は心配してたけど、

そのうち、痛さだけしかもうなくて、『痛い」だけが頭の中で渦巻く。

 

「ちゃんとします。ちゃんとするから、嫌。いや。いや」

 

「ちゃんとする。イヤ」

「言いわけしません。しない。痛い。やあ」

 

我慢しなきゃと、ぐっと握った拳に力が入る。

 

ひえっ。半端無い痛さ。

 

鬼だ。この人。明日お稽古あるのに。

 

「ごめんなさい」

 

 

「本当に目指すべき事に対して正直になる事」

「できないじゃなくて、やってみる。わかった?」

 

「分かった」

 

「なに?」

 

「わかりました」

 

「はい。終わり」

 

パチン! と真ん中叩かれて終わりにしてくれた。

 

きー。厳しい。

 

相変わらずな所と、私が見えてなかった凄い所とで、完敗。

 

すっごく痛かったけど、お仕置きの時間としては多分短い方だった。

怖くて、途端に無力で無防備な自分が出現してしまう。

 

それは私の素がどこにあるのか、それと向き合う瞬間でもある。

 

 

 翌朝のレッスンは、充実してた。

単なる振りを覚えたから良いという事ではない。

周りとの空気感で何か、もやもやするという感覚を、つたない言葉で

私の考えをぶつけたら、それに反応して、直紀さんが沢山の事を伝えてくれる。

 

直紀さんは全ての群舞の動きが入ってる。

その人の特徴が全て。

 

少しでもいいものを、ストイックに目指す人なのだから、私の態度はずっともどかしかったはず。

全体を見ながらも、一人一人をこんなに細かく丁寧に見ていたのだと知って驚く。

私からの行動をずっと待っていてくれた事に感謝。

先に、あれこれと、言葉で説明されていたら、気付けなかった。

自分の中にあふれている思いや、声を無視して、先生に言われた通り出来るかどうかだけで

自己満足してしまっていたかもしれない。

 

「今日の稽古は、ガッツリするぞ」

 

「はい」

あー。皆と合わせるのが楽しみ。

私、打たれ強いタイプなのかな。やり直しを何度させられても、これがさらに上手くなる為だと

思うと、何くそって頑張れちゃう。